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東京高等裁判所 昭和51年(行ス)13号 決定 1977年3月09日

抗告人 金燦圭

相手方 法務大臣 福田一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

よつて検討する。

東京地方裁判所昭和四九年(行ウ)第二六号事件記録によれば、抗告人は、昭和四七年九月旅券を所持せずに上陸し、以来本邦に滞在していた外国人であつて、昭和四八年八月三〇日東京出入国管理事務所入国審査官により出入国管理令(以下単に令という)二四条一号に該当する旨の認定を受け、即時特別審査官に対し口頭審理の請求をし、特別審査官より右認定に誤りがない旨の判定を受け、更に同令四九条一項に基づき法務大臣に異議の申立をしたが、同年一〇月三〇日法務大臣より右異議の申立は理由がない旨の裁決がなされ、同年一一月二二日右裁決の通知を受けるとともに、同日東京出入国管理事務所主任審査官から退去強制令書を発布され、その告知を受けたものである。抗告人は、前記事件において法務大臣の右裁決及び主任審査官の右退去強制令書発布処分の取消を求め、抗告人が令二四条一号に該当する者であることを前提として、第一に抗告人は政治難民であるから右各処分は確立された国際法規ないし憲法九八条二項に違反すると主張し、第二に令二四条は同条に該当する外国人についても退去を強制するか否かについて裁量の余地を与えており、令五〇条も令二四条に該当する場合でも法務大臣は特別に在留を許可すべき事情があると認めるときはその者の在留を特別に許可することができる旨を定めているのに、法務大臣が抗告人に対し特別に在留を許可せず、抗告人の異議申立を理由がないと裁決したことは、裁量権を逸脱し、または、これを濫用した違法があると主張しているものであることが認められる。そして、抗告人が本件文書提出命令の申立において提出を求める文書(以下本件文書という)は、抗告人の令四九条一項に基づく異議申立に対してなされた審査に関する稟議書及びそれに附属するいわゆる裁決諮問委員会における議事録中抗告人の異議申立についてなされた審議部分というのであつて、前記事件記録及び本件記録によれば、本件文書は法務大臣が前記裁決をする過程で作成された文書であり、抗告人が本件裁決等の違法事由として主張する前記事項のうち第二の主張に関する立証に供しようとするものであることが認められる。

ところで、法務大臣が令五〇条に基づいてなす特別在留許可処分は私人の有する権利、資格をはく奪し、あるいは、制限する性質の処分ではなく、むしろ、権利、資格を有しない者に対する特別の措置の性質を有する処分であつて、いわゆる自由裁量行為であると解され、その処分をなす手続について法令上の定めはなされていない。いわゆる裁決諮問委員会なるものも担当職員が法務大臣を補佐するための意見具申の方法として事実上設けられているにすぎないものと認められる。したがって、本件文書は、行政処分の適正公平を担保するために法令上その作成が予定されているような文書ではなく、法務大臣が前記裁決をするに当り、その適正を期するために、行政庁内部においてもつぱら自己使用の必要上作成されたにすぎないものと解される。

右にみたような法務大臣の本件裁定の性質、本件文書の作成目的等を考慮すると、行政処分の違法性を争う訴訟の特殊性を斟酌しても、本件文書は民訴法三一二条三号後段の文書には該当しないものと解するのが相当である。

よつて、本件文書提出命令の申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 外山四郎 海老塚和衛 小田原満知子)

別紙

抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、相手方は、左記各文書を当裁判所に提出せよ。

との決定を求める。

抗告人の出入国管理令第四九条第一項の規定に基づく異議申立に対してなされた審査に関する稟議書及びそれに附属するいわゆる「裁決諮問委員会」における議事録中右抗告人の異議申出についてなされた審議部分。

抗告の理由

一、原決定は、「抗告人の出入国管理令第四九条第一項の規定に基づく異議申立審査に関する稟議書は、「相手方が同条第三項の裁決をするに当りその判断の適正を期する等もつぱら行政事務執行の便宜上自己使用のためにのみ作成した文書であるから民事訴訟法第三一二条第三号後段の文書に該当しない」と判断した。

二、しかし、右同条三号にいわゆる挙証者と所持者との間の法律関係について作成された文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書、ないしは、その法律関係の形成過程において作成された文書をも包含すると解すべきところ、これを行政庁のなした行政処分の違法を主張してその取消を求める抗告訴訟に即してみれば、当該行政処分がなされるまでの所定の手続の過程において作成された文書であつて、右行政処分をするための前提資料となつた文書をも包含するものと解するのが相当である。けだし、行政処分は、もともと国民のために公正かつ明朗な手続を経て行われるべきものであり、かつ、行政処分をするための手続の過程において作成される文書の多くは、行政処分の適正・公平を担保するために作成されるものであるから、行政処分の取消を求める抗告訴訟において、前記のように解しても、文書の所持者である行政庁に対し不当な不利益を課することにはならないといえるし、また一方、行政処分の違法を争う相手方は右行政処分がなされるまでの手続の過程において作成される文書を所持していないのが通常であつて、かかる立証に必要な文書を所持しない挙証者の不利益を補うことにより、抗告訴訟において要請される実体的真実に寄与することになるからである。

従つて、単に内部文書であるから同条第三号にあたらないとする原決定の解釈には誤りがある。

三、本件文書について見るに出入国管理令第四九条第一項の規定に基づく異議申立があつた場合、法務省入国管理局審査課において調査をなした後、いわゆる裁決諮問委員会が開かれ異議申出について理由があるかないか同令第五〇条第一項の特別在留許可の要件がないか否かが検討され、法務大臣の裁決に対する意見が提出されることになる。(乙第一二号証参照)

ところで、抗告人は、本案訴訟において法務大臣の裁量権の乱用による違法性を主張しているものであるところ、右法務大臣の裁決のために提出される稟議書及びその附属文書(裁決委員会における議事録とそれに記載された意見)が右裁決(行政)処分をするための前提資料となつた文書であると解されるから右文書は、抗告人と相手方との間の法律関係の形成過程において作成されたものというべきであり、法務大臣の裁決の基本ともなるべきものである。よつて原決定には法律解釈の誤りがあるというべきである。

よつて、抗告の趣旨記載の決定を求めるため抗告に及んだ。

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